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横浜地方裁判所 平成3年(行ウ)31号 判決

神奈川県平塚市花水台三九番二〇号

第一事件原告

内藤正彦

右同市高浜台一番一-五〇八号

湘南高浜台ハイツ

第二事件原告

内藤直樹

横浜市北区太尾町二〇〇二番地

イスズ大倉山アパート二-一〇四

第三事件原告

内藤功子

右原告ら訴訟代理人弁護士

平林正三

田口哲朗

山田裕明

神奈川県平塚市松風町二番三〇号

第一・第二事件被告

平塚税務署長 行船忠明

横浜市神奈川区栄町八番地六号

第三事件被告

神奈川税務署長 柴崎伸雄

右被告ら指定代理人

加藤美枝子

神谷宏行

近藤晃

越智敏夫

江本修二

内倉裕二

石坂博文

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  第一事件

第一事件被告が第一事件原告に対し、平成元年九月二七日、第一事件原告の昭和六二年分の所得税についてした更正処分のうち、分離長期譲渡所得の金額八一二八万四〇二五円を超える部分及び過少申告加算税賦課処分を取り消す。

二  第二事件

第二事件被告が第二事件原告に対し、平成元年九月二七日、第二事件原告の昭和六二年分の所得税についてした更正処分のうち、分離長期譲渡所得の金額二六四六万三八〇六円を超える部分及び過少申告加算税賦課処分を取り消す。

三  第三事件

第三事件被告が第三事件原告に対し、平成二年七月三一日、第三事件原告の昭和六二年分の所得税についてした更正処分のうち、分離長期譲渡所得の金額八一二八万四〇二五円を超える部分及び過少申告加算税賦課処分を取り消す。

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は、亡父を相続した原告ら及び他五名の共同相続人が、その間に成立した遺産分割協議に基づき、原告ら及び他一名のグループにおいて、相続財産たる別紙物件目録記載の土地・建物(以下「本件物件」という。)を取得し、その代償として他の四名のグループに金員を支払う旨の記載のある遺産分割協議書を作成のうえ、原告らのグループの名義で本件物件を売却し、その代金の一部を他のグループが受領して処理したことに関して、被告から、そのような処理は、相続財産を未分割のまま換価してその対価を原告らを含む共同相続人全員で分割取得した(換価分割)とは評価できず、相続財産を共同相続人の一部である原告らのグループが取得し、他のグループに属する相続人にその代償金を支払った(代償分割)ことになるものとされ、その趣旨の所得税の課税をされたことについて、原告らがその課税処分等を争っている事案である。

二  争いのない事実

1  原告らの父内藤治貞は昭和五三年一一月二八日死亡したが、相続人は原告ら三名のほか、釜田洋子、内藤榮子、内藤脩治、内藤靖治及び内藤嘉明の合計八名であった。

2  原告らを初めとする亡内藤治貞の相続人間においては、遺産分割に関する協議が紛糾し、内藤榮子が申し立てた横浜家庭裁判所小田原支部の家事調停も調停期日が繰り返されたものの、結局合意に至らず、昭和六一年七月一四日不調に終わって審判手続に移行したが、その後調停外で協議が調い、亡内藤治貞の未分割相続財産であった本件物件については、原告ら及び釜田洋子(以下「原告ら四名」という。)がこれを取得(持分各四分の一宛)し、原告ら四名は内藤榮子、内藤脩治、内藤靖治及び内藤嘉明(以下「内藤榮子ら四名」という。)に対し、右取得の代償として四〇〇〇万円を支払い、その分配については異議を述べないこととし、内藤榮子は前記家事調停の申立を取り下げるという内容の遺産分割協議書(以下「本件分割協議書」という。)が作成された。

3  本件物件のうち土地については、昭和六二年三月一六日、亡内藤治貞から原告ら四名に対する相続を原因とする持分各四分の一の所有権移転登記、及びこれに次いで、原告ら四名から大貫茂に対する売買に基づく所有権移転登記がそれぞれ経由された。なお、原告ら四名及び大貫茂は、右同日付けで、本件物件について、売り主を原告ら四名、買い主を大貫茂とする売買代金四億円の土地付き建物売買契約書を作成し、大貫茂は原告ら四名に対して各一億円宛支払い、原告ら四名は内藤榮子ら四名に対して合計四〇〇〇万円を支払った。

4  本件物件の売買契約に関する仲介手数料等(伊勢忠商事有限会社に対する仲介手数料一二〇〇万円、株式会社白鷺トラベルに対する取りまとめ依頼料四〇〇万円、売買契約書の貼付印紙代金一〇万円、領収証の貼付印紙代金八万円)合計一六一八万円は原告ら四名が平等割合で負担した。

5  そして、第一事件原告は、昭和六二年分の所得税の確定申告書に総所得金額(給与所得金額)を八二八万三四八九円、分離長期譲渡所得金額を八一二八万四〇二五円、納付すべき税額を一九一五万九九〇〇円と記載して平塚税務署に法定期限までに申告したところ、第一事件被告は平成元年九月二七日付けで総所得金額(給与所得金額)を八二八万三四八九円、分離長期譲渡所得を八九九五万五〇〇〇円、納付すべき税額を二一五九万九九〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税額を二四万四〇〇〇円 とする賦課決定処分(以下「第一事件処分」という。)をした。

6  第二事件原告は、昭和六二年分の所得税の確定申告書に総所得金額を零円(事業所得金額は二四一万二一八一円の損失)、分離長期譲渡所得金額を二六四六万三八〇六円、納付すべき税額を五一九万六六〇〇円と記載して平塚税務署に法定期限までに申告したところ、第二事件被告は平成元年九月二七日付けで総所得金額を零円(事業所得金額は二四一万二一八一円の損失)、分離長期譲渡所得を三九一三万四七八一円、納付すべき税額七七三万〇八〇〇円とする更正処分及び過少申告課税額を二五万三〇〇〇円とする賦課決定処分(以下「第二事件処分」という。)をした。

7  第三事件原告は、昭和六二年分の所得税の確定申告書に総所得金額(給与所得金額)を一八三万一四〇〇円、分離長期譲渡所得金額を八一二八万四〇二五円、納付すべき税額を一八八七万〇一〇〇円と記載して神奈川税務署に法定期限までに申告したところ、第三事件被告は平成二年七月三一日付けで総所得金額(給与所得金額)を一八三万一四〇〇円、分離長期譲渡所得を八九九五万五〇〇〇円、納付すべき税額二一二五万四三〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税額を二三万八〇〇〇円とする賦課決定処分(以下「第三事件処分」という。)をした。

8  原告らの第一ないし第三事件の各処分(以下「本件各処分」という。)についての異議申立及び国税不服審判所長に対する審査請求並びにこれに対する裁決の各経緯は、それぞれ順次別表1ないし3記載のとおりである。

三  争点

本件においては、原告ら四名及び内藤榮子ら四名間における本件遺産分割協議の内容が、いわゆる換価分割であるのか代償分割であるのかということが主要な争点であり、また本件遺産分割協議が代償分割である場合、原告ら四名が内藤榮子ら四名に対して支払った代償金が、本件物件の取得費として控除の対象となるかということも争われている。

四  争点についての双方の主張

1  本件各処分の適法性に関する被告らの主張

本件各処分における第一ないし第三事件原告の総所得金額及び分離課税の課税長期譲渡所得金額は、第一事件原告が、総所得金額八二八万三四八九円、分離長期譲渡所得金額が八九九五万五〇〇〇円、第二事件原告が総所得金額零円、分離長期譲渡所得三九一三万四七八一円、第三事件原告が、総所得金額一八三万一四〇〇円、分離長期譲渡所得金額八九九五万五〇〇〇円である。しかるに同原告らは、昭和六二年分の所得税に係る各課税標準及び納付すべき税額を過少に申告していたのであり、第一・第二事件被告及び第三事件被告は、本件各処分により納付すべきこととなった各税額(国税通則法一八一条三項によりその一万円未満の端数金額を切り捨てた金額)に、同法六五条一項の規定に基づき一〇〇分の一〇の割合をそれぞれ乗じて計算した金額に相当する過少申告加算税を賦課決定したのであるから、本件各処分及び本件賦課決定処分はいずれも適法である。なお、原告らの右総所得金額及び分離課税の課税長期譲渡所得金額等の詳細は、以下のとおりである。

(一) 第一事件原告

(1) 総所得金額 八二八万三四八九円

これは第一事件原告の確定申告額と同額である。

(2) 分離課税の課税長期譲渡所得金額 八九九五万五〇〇〇円

ただし、これは次の〈1〉から〈2〉ないし〈4〉を控除したものである。なお、相続により取得した資産の所有期間の始点は、相続のあった日ではなく、被相続人が右資産を取得した日とされることから(租税特別措置法施行令(昭和六三年政令第三六二号による改正前のもの)二〇条二項三号)、本件物件の譲渡のあった年である昭和六二年一月一日時点におては、原告らの本件物件を所有する期間はいずれも一〇年を超えているため、本件物件の譲渡に係る所得金額は、租税特別措置法三一条一項に規定する分離課税の長期譲渡所得金額に該当する(この点は、第二・第三事件の各原告についても同様である。)。

〈1〉 総収入金額 一億円

これは原告ら四名が大貫茂に対して本件物件を譲渡した収入金額四億円のうち、第一事件原告が取得した本件物件の取得割合である四分の一相当額である。

〈2〉 取得費 五〇〇万円

これは〈1〉の収入金額に応じる取得費であり、租税特別措置法(昭和六三年法律第四号による改正前のもの)三一条の四第一項の規定に基づき、本件物件の譲渡による収入金額四億円に、一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額の四分の一に相当する額である。

〈3〉 譲渡費用額 四〇四万五〇〇〇円

これは原告ら四名が本件物件を大貫茂に譲渡するために要した費用の合計額一六一八万円のうち、本件物件の所得割合である四分の一に相当する額であり、その内訳は次のとおりである。

イ 伊勢忠商事有限会社に対する仲介手数料 一二〇〇万円

ロ 株式会社白鷺トラベルに対する取りまとめ依頼料 四〇〇万円

ハ 売買契約書の貼付印紙代金 一〇万円

ニ 領収証の貼付印紙代金 八万円

〈4〉 特別控除額 一〇〇万円

これは、租税特別措置法(昭和六二年法第九六号による改正前のもの。以下同様)三一条三項所定の額であり、第一事件原告の確定申告額と同額である。

(二) 第二事件原告

分離課税の課税長期譲渡所得金額 三九一三万四七八一円

ただし、次の〈1〉から〈2〉ないし〈6〉を控除したもの。

〈1〉 総収入金額 一億円

これは、(一)の(2)〈1〉と同様である。

〈2〉 取得費 五〇〇万円

これも、(一)の(2)〈2〉と同様である。

〈3〉 譲渡費用額 四〇四万五〇〇〇円

これも、(一)の(2)〈3〉と同様である。

〈4〉 所得税法六四条二項により所得金額の計算上なかったものとみなされる金額 一九四〇万七九三八円

これは、株式会社内藤糸店(以下「内藤糸店」という。内藤糸店は、平塚市明石町二四番九号に所在していたものであるが、平成元年一二月三日、商法四〇六条の三第一項の規定により解散し、同年一二月四日、その旨の登記を経由した。)の債務の保証人であった第二事件原告が、保証債務の履行として、金融機関等の債権者に対して、本件物件の譲渡代金の一部から弁済したとする金額である。そして第二事件原告は、内藤糸店が事実上倒産状態にあるため、右弁済に係る求償権の行使ができないことを理由に、右金額相当額は、所得税法六四条二項(同法施行令一八〇条二項及び租税特別措置法施行令(昭和六二年政令第三三三号による改正前のもの。以下同様)二〇条四項)により、本件物件の譲渡による所得金額の計算上なかったものとされるとして、本件譲渡所得の計算上、長期譲渡所得の金額から右金額を控除して確定申告したものである。

〈5〉 事業所得の損失金額 二四一万二二八一円

これは、第二事件原告が経営する学習塾に係る事業所得の損失の金額であり、所得税法六九条一項の規定(同法施行令一九八条三号及び租税特別措置法施行令二〇条四項)により、分離課税の長期譲渡所得金額の計算上控除すべき金額である。右損失の金額は第二事件原告の確定申告額と同額である。

〈6〉 特別控除額 三〇〇〇万円

これは、租税特別措置法三五条一項(居住用財産の譲渡所得の特別控除)所定の額であり、第二事件原告の確定申告額と同額である。第二事件原告は、本件物件を居住の用に供していたことから、右特例の適用対象となる。

(三) 第三事件原告

(1) 総所得金額 一八三万一四〇〇円

これは第三事件原告の確定申告額と同額である。

(2) 分離課税の課税長期譲渡所得金額 八九九五万五〇〇〇円

ただし、次の〈1〉から〈2〉ないし〈4〉を控除したもの。

〈1〉 総収入金額 一億円

これは、(一)の(2)〈1〉と同様である。

〈2〉 取得費 五〇〇万円

これも、(一)の(2)〈2〉と同様である。

〈3〉 譲渡費用額 四〇四万五〇〇〇円

これも、(一)の(2)〈3〉と同様である。

〈4〉 特別控除額 一〇〇万円

これは、租税特別措置法三一条三項の所定の額であり、第三事件原告の確定申告額と同額である。

2  被告らの主張に対する原告らの反論等

(一) 被告主張の第一事件原告の総所得金額、譲渡費用の額、特別控除額、第二事件原告の譲渡費用の額、所得税法六四条二項により所得金額の計算上なかったものとみなされる金額、事業所得の損失の金額、特別控除額、第三事件原告の総所得金額、譲渡費用の額、特別控除額については、いずれも認める。

しかし、本件遺産分割は、原告ら四名のみが本件物件を取得するというのではなく、原告らを含めた相続人全員で本件物件を相続し、これを全員で売却してその代金を分配取得するというものであり、原告ら四名は形式上当事者となって登記及び売買契約をしたのであって、それゆえ仲介手数料等についても原告ら四名が負担した形にしたに過ぎない。

したがって、本件遺産分割はその実態からすると、共同相続した遺産を未分割の状態で換価し、その対価として得られた金銭を共同相続人間で分割するという換価分割にほかならない。

本件遺産分割においては、内藤榮子ら四名はかねてより本件遺産の相続人全員による売却である換価分割を主張し、原告ら四名は代償分割を主張していたが、調停での協議も調わなかったところ、代償分割の方法によっては内藤榮子ら四名の要求する金額の払いようがないので、原告ら四名はやむなく内藤榮子ら四名の提案を受け入れたのであって、売却代金の分配について一応の合意に達した後、亡内藤治貞の登記名義のままでは売買できないため、原告ら四名の所有名義に登記手続をして換価処分したに過ぎず、本件分割協議書も税務上の知識のない原告内藤直樹が市販の解説書に掲載されていた遺産分割協議のひな型を参考にして作成したのであり、結局、本件遺産分割は事前に売却代金の分配の割合について合意がある換価分割である。

(二) また、本件が仮に代償分割であるとすれば、内藤榮子ら四名は本件遺産に対する持分を失う代わりに代償金を受領し、原告らは代償金を支払うことにより自己の持分を超えて遺産を取得したことになるから、原告らは他の相続人から資産(遺産)を有償で譲り受けたことになる。そこで、原告らが支払った代償金は資産取得の対価となるから、所得税法三三条三項によって、所得税額の算定に当たっては代償金を取得費として控除しなければならない。

(三) したがって、このような事実があるにもかかわらずなされた本件各処分はいずれも違法である。

第三争点に対する判断

一  本件については、原告ら四名及び内藤榮子ら四名間における本件遺産分割協議がどのような内容のものとして成立したかが主要な争点であるので、この点を判断する。

まず、本件においては、亡内藤治貞の相続人間で本件分割協議書(甲一号証)が作成されており、その記載内容は、原告ら四名が本件物件を持分各四分の一の割合で取得し、その代償として内藤榮子ら四名に対して四〇〇〇万円を支払うというものであるから、それ自体を素直に読めば、換価分割ではなく代償分割による遺産分割協議がなされたということになる。

しかしながら、原告内藤正彦は、本件分割協議書の作成経緯について、共同相続人間においては、本件物件を未分割のまま換価して、その対価を分割するという合意が成立したが、内藤榮子ら四名の本件物件に対する各持分を明記した書面を作成してしまうと、それを根拠に種々の要求がなされるおそれがあるので、事態の紛糾を避けるため前記内容のものとしたこと、また本件分割協議書は第二事件原告内藤直樹が起案したが、遺産相続に関する法的知識がなかったため、代償分割と換価分割の区別についての認識もないまま、市販の相続関係の解説書に記載されている分割協議書のひな型に基づいてこのような記載内容にしたものであるとの原告らの主張に沿う内容の供述をし、更にこれに加えて、横浜家庭裁判所小田原支部における調停が不調となった際、その直後に、しかも調停を担当した家事審判官及び調停委員が在席している間に、内藤榮子ら四名から、同人らは本件不動産を売却しないなら三〇〇〇万円を、売却するなら六〇〇〇万円の支払を受けて解決したいという案が提示されたが、原告ら四名が三〇〇〇万円の支払をするについても本件物件を売却するほか捻出方法がなかったため、原告ら四名の名義で本件物件を売却して三〇〇〇万円を内藤榮子ら四名に支払うという提案をし、これが一応受け入れられたこと、ところが、その後内藤榮子ら四名から右金額を六〇〇〇万円にして欲しいとの要求があり、結局四〇〇〇万円を支払うことで話がまとまり、大貫茂に対して仲介者を通じ、本件物件を四億円で売却することとし、亡内藤治貞の所有名義を原告ら四名の共有にしたうえ右大貫に対する所有権移転登記手続をしたが、共同相続人間においては、本件物件を売却し、売却代金を各相続人が分割取得するというのが全員の基本的認識であったという趣旨の供述をしている。

この供述内容が事実とすれば、本件においては、前記内容の本件分割協議書が作成されていはいるが、換価分割としての遺産分割協議の合意が成立していたということになる。

しかし、甲一九号証の一ないし二八によれば、横浜家庭裁判所小田原支部における本件物件に関する遺産分割調停は、三年間継続し、二十数回の期日を重ねた後、昭和六一年七月一日に不成立に終わったことが認められるところ、もともと対立するグループに属する第一事件原告内藤正彦及び内藤脩治が、その理由について、それぞれ原告本人及び証人として、生前贈与の有無及びその範囲、評価等に関する相続人間の対立が激しく、到底調整の余地がないために調停成立の見込みがないとして不調になったと一致して述べていることからすれば、同原告の前記供述のように、調停不成立が宣せられた直後に、しかも調停委員等がまだ在席している間に突如として内藤榮子ら四名から前記内容の提案があったというのは、余りに不自然であり、その提案内容自体も容易に理解しがたいものであるばかりか、この点に関する同支部の回答書である甲五五号証によると、右調停担当家事審判官及び調停委員は調停不調後直ちに退席したとされていて、同原告の供述と合致せず、また右提案は本件遺産分割協議のいわば契機でしかないため、これについては特段利害が対立するとは考えられないはずの証人内藤脩治が、このような事実はなかったと明確に否定していることなどからすれば、同原告のこの点の供述部分は信用しがたく、結局これを前提とする同原告の、本件物件はこれを売却し、その代金を共同相続人間で分けるというのが全員の基本的認識であったという供述も信用できないことになる。

ところで、前記争いのない事実、第一事件原告内藤正彦の供述、甲五号証、七号証の二、三、八号証ないし一〇号証、乙三号証、六号証の一ないし四(六号証の二については弁論の全趣旨)によれば、昭和六二年三月一六日付けで本件物件のうちの土地については、相続を原因として原告ら四名に対する持分各四分の一の所有権移転登記が、また建物については、原告ら四名の名義による所有権保存登記が各経由され、いずれも同日付けで大貫茂に対する同日売買に基づく所有権移転登記がなされたこと、そして原告ら四名と大貫茂との間においては、右同日付けで本件物件の代金を四億円とする売買契約書が作成され、原告ら四名は大貫茂に対して、同日付けの一億円の領収書をそれぞれ交付したこと、もっとも原告ら四名が実際に受領した金額は、それぞれ一億円から内藤榮子ら四名に対する支払分一〇〇〇万円のほか、売買契約の仲介業者に対して支払うべき手数料等約三〇〇万円を控除した約八七〇〇万円であったが、第一事件原告内藤正彦及び第二事件原告内藤直樹は、更に本件物件に係る固定資産税等の滞納分の負担を余儀なくされたことが認められる。

また、証人内藤脩治の証言、乙一号証の一ないし三によれば、本件物件の分割について長期間争いとなり、前記のとおり横浜家庭裁判所小田原支部における調停も不調となったが、不動産業者の高橋忠が奔走した結果、昭和六一年一〇月又は一一月ころ、原告ら四名から、金額の点を除けば本件分割協議書と同じ内容である、原告ら四名が本件物件を取得して内藤榮子ら四名が金銭を受領するという提案がなされ、内藤榮子ら四名は長期化した紛争を解決するためには、こういう方法しかないのではないかと考え、これを受け入れることにしたこと、その際、内藤榮子ら四名は当時の本件物件の時価を約二億円と評価し、原告ら四名との間で半々に分けると内藤榮子ら四名の取り分は合計一億円になるものの、右のとおり紛争の一刻も早い解決を考えて合計七八〇〇万円を受け取ることで妥協することとした(ただし、高橋忠から本件分割協議書の記載については、四〇〇〇万円にして欲しいと言われて、そのようにした。)が、その間の交渉も高橋忠らを介して行ったこと、本件分割協議書が作成された昭和六二年三月一六日にも、双方のグループは別々の場所に待機し、高橋忠らがその間を取り持って本件分割協議書が作成されるに至ったこと、内藤榮子ら四名は原告ら四名がいずれ本件物件を処分するとは思ったが、いつだれに売るかについては知らされず、それゆえ右同日原告ら四名が大貫茂に対して四億円で売却することになっていたことは全く知らなかったことがそれぞれ認められる。

以上によれば、本件遺産分割協議は、亡内藤治貞の相続人である原告ら四名及び内藤榮子ら四名が本件物件を未分割のまま換価して、その対価を共同相続人間において分割取得するというのではなく、共同相続人の一部である原告ら四名が本件物件を取得し、その代償として他の共同相続人である内藤榮子ら四名が原告ら四名から、金銭を受け取るという内容であったと認められる。

なお、前記争いのない事実、本件分割協議署の記載内容、第一事件原告内藤正彦の供述、甲八ないし一〇号証によれば、原告ら四名は内藤榮子ら四名に対して合計四〇〇〇万円を支払ったと認識しているのに対して、右認定によれば内藤榮子ら四名は合計七八〇〇万円を受け取ることになっていたということになり、三八〇〇万円の差額が生じるが、これは、原告ら四名と内藤榮子ら四名の間を仲介した前記高橋忠らの不動産業者又は買受人の大貫茂において、なんとしても本件物件の売買契約の締結にこぎ着けたいと考え、右差額分を負担してでも双方の合意を取り付けようと試み、代償金額について、原告ら四名に対しては合計四〇〇〇万円、内藤榮子ら四名に対しては七八〇〇万円と異なる内容を伝え、それに沿った処理をしたのではないかと推認されるのであり、それゆえ、原告ら四名が内藤榮子ら四名に対して支払った金額は、原告ら一人当たり一〇〇〇万円宛合計四〇〇〇万円となることに誤りはない。

結局、本件においては、原告らが主張するように、亡内藤治貞の相続人間で、本件物件について換価分割するという内容の合意が成立したものとは認められず、前記認定のとおり代償分割の協議が成立したと認めるのが相当である。

二  次に、原告ら四名が内藤榮子ら四名に対して支払った各一〇〇〇万円について、これを取得費として控除の対象とすべきかどうかを検討する。

原告らは、本件が仮に代償分割であるとすれば、内藤榮子ら四名は本件物件に対する持分を失う代わりに代償金を受領し、原告らは代償金を支払うことによって自己の持分を超えて遺産を取得したことになるから、原告らは他の相続人から資産を有償で譲り受けたことになるとして、原告らが支払った代償金は資産取得の対価となり、所得税法三三条三項によって所得税額の算定に当たっては控除されなければならない、と主張している。

しかしながら、所得税法三八条一項によれば、「譲渡所得の金額の計算上控除する資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、その資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額」とされているところ、同法六〇条一項、二項によれば、限定承認に係るものを除く相続により取得した資産については、その資産を相続した者が引き続き所有していたものとみなされ、その者が右資産を譲渡した場合は、その者が当該資産をその取得時における価額に相当する金額により取得したものとみなされるのであるから、前記経緯のもとで支払われた代償金は、原告ら四名と内藤榮子ら四名間における本件遺産分割協議のそれぞれの取得分の調整のために支出されたものであって、同法三八条一項所定の取得費とすることはできない。また、本件物件については、被相続人である亡内藤治貞がこれを取得するために支出した費用と現在の資産価値との差額が増加益となるのであり、原告ら主張のように代償金の支出によって代償分割が可能になったとして、本件の代償金一〇〇〇万円をそれぞれ控除してしまうと、右増加益を得るために要した費用として亡内藤治貞の支出した分及び原告らの代償金の二つの費用が控除されることになり、同一財産について二回控除が行われる結果となって、かえって原告らに有利となるから、これを取得費とすることはできないというべきである。したがって、原告らの右主張は、その余の点を判断するまでもなく採用できない。

三  ところで、相続税法一一条の二によって相続税の課税をするには、その税額を計算する過程において相続税の総額を計算することになるが、その際遺産分割方法の違いによって全体の税額が異ならないようにするため、相続又は遺贈により財産を取得したすべての者の課税価格を合計して計算することになるから、遺産である不動産を単独の相続人が取得しても、あるいは数人の相続人が取得しても相続税の総額は異ならない。したがって、代償分割により代償財産を取得した者に対しては、その代償財産を相続又は遺贈により取得した財産の価額に加算し、他方、代償財産を交付した者に対しては、相続又は遺贈により取得した財産の価額からその代償財産の価額相当額を控除して、それぞれ相続税の課税価格を計算することになるのであって、このような方法については、これが理由のないものとする根拠はない。なお、この場合、代償財産の取得者が遺産を譲渡した場合には、その者のみが譲渡所得に対する課税を受けることになるが、これは増加益のある不動産を取得することを選択したことの当然の結果である。

そして、本件においては、前記のとおり、第一ないし第三事件原告らと被告ら間においては、分離課税の課税長期譲渡所得金額における総収入金額及び取得費以外については争いがなく、右総収入金額がそれぞれ一億円であることは右認定のとおりであり、これに応じた取得費として、租税特別措置法(昭和六三年法律第四号による改正前のもの)三一条の四第一項の規定に基づき、本件物件の譲渡による収入金額四億円に、一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額の四分の一に相当する額を計算すると五〇〇万円となるから、結局本件各処分はいずれも適法であり、また、右に認定したところによれば、原告らが確定申告の際にその税額を計算するに当たり、被告らが過少申告加算税の基礎とした税額に係る事実である代償財産の取得について確定申告の税額計算の基礎とせず、そのことについていずれも国税通則法六五条四項所定の正当な理由があるとは認められないことは明らかであるから、同条一項によりなされた本件各過少申告加算税の賦課処分もまたいずれも適法である。

四  以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がないことは明らかであるから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾方滋 裁判官 秋武憲一 裁判官 藤原道子)

別紙

物件目録

一 土地

所在 平塚市明石町

地番 二四番三一

地目 宅地

地積 二七六・二六平方メートル

二 建物

所在 平塚市明石町二四番地一二、同番地三一

家屋番号 二四番三一

種類 店舗兼居宅

構造 木造瓦葺二階建

床面積 一階 二〇八・五二平方メートル

二階 八六・七七平方メートル

地下一階 一九・八三平方メートル

(昭和六二年四月二五日取毀し)

別表1

〈省略〉

別表2

〈省略〉

別表3

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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